真田丸の最終回の感想やあらすじについて書いてみました。

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最終回までのあらすじ

2016年のNHK大河ドラマである真田丸の最終回の感想です。最終回が始まる前としての状況で言えば、大阪城の有力武将の数も減ってきています。

既に前回で後藤又兵衛は討死していますし、土佐の大名であった長曾我部盛親は逃亡してしまい既に大阪城にはいません。他にも、木村重成も討死しています。

名前を残すことで有名な塙団右衛門も討死しています。大阪城5人衆と言われた真田幸村、毛利勝永、明石全登、長曾我部盛親、後藤又兵衛も残すところ、真田幸村、毛利勝永、明石全登の3人しかいない状態です。大阪冬の陣が始まり浪人たちが集まって来た時に比べると、戦力的にもかなり劣った状態に見えます。

この状態で真田幸村たちは、どうやって家康を追いつめていくのでしょうか?
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裏切り者が大阪城内にいた

決戦が始まる前に、大阪城内に裏切り者がいる事が発覚しました。

織田有楽斎の他にも裏切り者がいたと言う事です。前回の時に、誰が裏切者か分かったのですが、なんと料理人である大角与左衛門が裏切り者でした。よく考えてみると、幸村や後藤又兵衛などは台所みたいなところで作戦などを練ったりしていましたよね。それを全部、大角与左衛門が徳川家康に伝えていたわけです。

大角与左衛門の言い分としては、娘や妻を豊臣秀吉によって手籠めにされたそうです。その事から、豊臣家に対して深い恨みを持っていたようです。しかし、娘や妻を秀吉に手籠めにされた件に関しては、本当の話しかどうかは史実での真相は分かりません。

しかし、真田信繁や後藤又兵衛にとっては、生かしておくことが出来ないと宣告するわけです。それを聞いた大角与左衛門は何と自分で刃物をお腹に刺してしまい自殺してしまいます。

この時点で、真田幸村も後藤又兵衛も視聴者も大角与左衛門は死んでしまったと思ったのではないでしょうか?しかし、これが後に災いとなるわけです。
ちなみに、大角与左衛門は史実にも登場します。史実だと裏切ったご褒美に旗本になれると期待していたけど、恩賞を貰う前に病死したようです・・・。
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豊臣秀頼ついに出陣となるのか?

大阪の陣が始まった時から、度々、豊臣秀頼の出陣の話しがありました。

しかし、大蔵卿のばあさんに阻まれてしまい中々出陣する事が出来ません。今度こそ、出陣するのか?と言うのが非常に注目されていたわけです。

今回は、今までになく豊臣秀頼も気合いが入っていて鎧まで身に着けています。この勢いで行けば「出陣間違いなし!」と思えるような勢いです。

大阪方も作戦を立てて毛利勝永と真田幸村が出陣して、次に大野治房、大野治長の兄弟が後詰に入り最後に豊臣秀頼が出陣するという作戦を立てました。

さらに、後方に明石全登も配置していて徳川家康の背後を狙う作戦です。しかし、徳川方の何もしなかったわけではなく、真田幸村が敵と内通しているという情報を流しています。後藤又兵衛の時と同じ状態ですよね。

尚、大野治長は豊臣秀頼の出陣を兵たちだけにも分からせて士気を上げるために豊臣家の旗を戦場に持ってきました。この旗が最終的に戦を決める分かれ目になるとは、この時点で予想できた人は少ないのではないでしょうか?

その後、真田幸村、毛利勝永、大野治長が作戦会議を開いていて、豊臣秀頼が遅いと言う話をしていると、仕度に時間が掛かっているとの事。そうこうしているうちに、徳川軍が毛利勝永の陣に鉄砲を打ち付けてきました。

これが徳川軍の挑発なのかも知れませんが、これにより戦いの火ぶたが切って落とされます。
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毛利勝永の奮戦

豊臣方の先陣は、毛利勝永となりました。どれくらい奮戦するかも見どころだったのですが、予想以上に奮戦します。

CGで描いた図でよる解説だったのですが、一人で次々に徳川軍を粉砕して行ってしまうわけです。大活躍しまくりなわけですが、これだったら主人公は毛利勝永でもいいんじゃないか?と思えるような奮戦ぶりです。

さらに、真田信吉の軍勢の近くまで押し寄せます。ここで真田家は意見が別れます。弟である真田信政は本田忠勝の孫になり徳川方への忠誠が高いためか応戦する事を望みました。

しかし、真田信吉としては、幸村もいる大坂方とは戦いたくありません。そこで、真田信吉は徳川家から命令が来ていない事を理由に戦わない事を選択しました。それでも、真田信政は納得せずに少数で毛利勝永に挑むわけですが、蹴散らされてしまい大敗してしまいます。

それを真田信吉は罪に問わずにねぎらいの言葉を掛けたのですが、真田信政は心情は逆なでされたような感じでした。そして、後藤又兵衛の快進撃が続き満を持して真田幸村が出陣するわけです。

ただし、出陣する時に「疑いを掛けられた・・・」と言う言葉があるように後藤又兵衛と同じ状態を思い浮かべてしまったのは私だけではないはずです。出陣したところに、真田信之の息子たちである真田信吉軍を行きあってしまいました。真田信政は先の失敗からやけくそのような状態で真田幸村に戦いを挑むのですが、あっという間に倒されてしまい、真田幸村は徳川の本陣を目指します。

そして、徳川の本陣に突撃したわけですが、徳川家康自身が本陣を追われてしまい逃走してしまうわけです。家康の本陣の旗が倒されたのは三方ヶ原の戦い以来だとナレーションが入ります。家康は逃走したのですが、三方ヶ原の戦いの時と違ってビビッて脱糞してしまったという記述がないだけ成長したと言う事でしょうかね・・・。その後、徳川家康は切腹するとまで言い出しました。

しかし、部下に無理やり止められて、さらには部下に担ぎ上げられて運ばれて戦場を脱出しようとまでしていました。さらに、大野治房にも活躍の場が巡ってきて、徳川秀忠の本陣に襲撃します。

こちらも散々に徳川秀忠の軍を破り本陣を大野治房に占拠されています。

大野治房は人間と言うよりも、かなりとっつきにくい人物なのですが、ここに来て大活躍したわけです。

ここまでの状態であれば、豊臣方が勝利出来たように思えます。

豊臣軍に対して徳川軍は成すすべもなく逃げ惑うばかりの状態になっているからです。
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ちょっとした事から滅亡の淵に突き落とされる

豊臣方の武将である真田幸村、毛利勝永、大野治房の大活躍により戦場は有利に展開していて勝ちが見えてきた状態です。

しかし、ここでもまだ豊臣秀頼が出陣していません。本人は出陣する気はあるのですが、大蔵卿局のばあさんに止められてしまうわけです。さらに、真田幸村が裏切ったと言う話も入ってきていて出陣する事が出来ません。

真田幸村の疑いを調べる事になったのですが、ここで登場するのが腹を切って自殺したはずの料理人である大角与左衛門です。

大角与左衛門は真田が徳川に内通したと証言します。というか、真田幸村や毛利勝永に言いたいのですが、本当に死んだのかどうか確認するくらいの事をしろよ!!と思ったのは私だけでしょうか?

念を入れて大角与左衛門の首を斬ってさらし者にするとかしておけばよかったのでは?それか上層部の人には大角与左衛門が裏切った事を伝えるとかした方がよかったのでは?と思ったのは私だけではないはずです。

しかし、こういう経緯もあり豊臣秀頼は出陣は出来ていません。大野治長もしびれを切らしたのか、自ら大阪城に入り豊臣秀頼の出陣を請うと言う行動を起こします。

この時に、自分一人で行けばよかったのですが、豊臣秀頼の馬印を一緒に大阪城に持って行ってしまったんです。これにより豊臣方の兵士は動揺を起こします。豊臣秀頼が大阪城に逃げ帰ったと思ってしまったんです。それにより士気が大きく低下しました。さらに、負け戦が決まったと思い兵たちは逃亡まで初めてしまいます。これを見た徳川家康は逃げるのをやめて、陣を立て直す支持を出します。

ここから徳川家康の反撃が始まり、さっきまでの善戦が嘘だったのかように徳川家康が反撃に転じます。しかし、真田幸村も奮戦して単騎で徳川家康の前に現れます。そして、馬上筒で家康を狙います。

しかし、1発目の弾丸は家康には当たりませんでした。。2発目を家康に狙いを定めるのですが、その時に徳川秀忠軍が現れて幸村の腕を狙撃します。それにより幸村は馬上筒を落としてしまうわけです。

敵に囲まれて真田幸村が絶体絶命のピンチに陥るわけですが、なんと「佐助」の名前を呼ぶではありませんか。すると、佐助が現れて二人で大軍を相手にします。幸村と佐助は奮戦するわけですが、最後は二人は傷ついて神社にいました。

そして、敵武将が二人で幸村と佐助に襲ってくるわけですが、二人を何とか倒します。その後、幸村が切腹する事になったようで、介錯は佐助が務める事になったようです・・・。

この先、幸村がどうなったのかは分かりません。佐助もどうなったのかも分かりません。しかし、物語での幸村はこれで終わりです。真田丸すごく面白かったです。
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残りの人達

最終局面では、明石全登は不利になってから援軍に入るわけですが、撃退されてバテレンらしくお祈りをしていました。

毛利勝永はまだ奮戦している模様、豊臣秀頼、大蔵卿、淀君、真田大介などは蔵に入って大阪城を見守っています。

既に大阪城は火を放たれていて焼けています。天下の大阪城をやけるところを目の辺りにして滅亡を予感させる一幕でした。ちなみに、料理人の大角与左衛門も火を放ったりしています。

さらに、幸村に長年使えてきた、高梨内記も討死し真田信繁の最初の妻である「梅」の兄である堀田作兵衛も討死しました。主要キャラが討ち取られていく悲壮感もひしひしと感じます。話は変わりますが、豊臣家の生き残りをかけた最後の策を幸村が淀君に授けていました。

それが豊臣秀頼の正室である千姫を徳川家に送り込み説得させると言う方法です。きりが千姫を徳川家康の陣に送り込まれると千姫の無事を喜ぶ徳川家康や秀忠の姿がありました。さらに、千姫も家康や秀忠に会って嬉しそうで、とても豊臣家が存続するような交渉をしそうにありません。

見方によれば城を脱出することが出来て嬉しそうにも見えたんです。そして、大阪の陣から7年後の世界があり真田信之が松代藩10万石の藩主になった事が描かれていました。さらに、江戸幕府を滅ぼす事に関わる兵法学者・佐久間象山が松代藩より出た事もナレーションで言われています。


私の書いたあらすじや感想には抜け落ちた部分もありますが、全体的に真田丸は面白いと思いました。三谷幸喜さんが脚本をやるとやっぱり話が面白くなりますね。
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真田信之の苦悩

真田丸では、最終回では真田信之は本田正信と同じ寺に泊まったり、領内を見て政治のやり方を学んだリしています。

しかし、真田丸では描かれていない大阪の陣の後に来る真田信之の苦悩があるんです。まず、真田信繁が大阪城に入場した時に、家臣の中でも信繁の元にはせ参じた物が数多くいたようです。堀田作兵衛だけではなく、真田信繁のために大阪城に入った家臣がそれなりにいます。

さらに、大坂冬の陣と夏の陣で弟である幸村が大活躍したために立場的に幕府からも警戒されていました。実際に、幸村に従った家臣が上田に戻って来た時に、信之はそれらの人々を京都に送ったと言う記述があります。京都に追放したのか、京都で処刑されたのかは分かりませんが、戦後処理でかなり苦労した事でしょう。真田家と言えば上田なのですが、幕府の方から真田信之は国替えをさせられています。上田から松代に移封されたわけです。

長年真田家の領地であった上田を去ることにかなり抵抗があったようで、重要書類は全て焼き払ってしまい、さらに、植木や灯篭も持ち去ったとされています。

よほど、嫌だったのでしょう。あと、意外なところでは真田信之は「花の慶次」という漫画で有名な前田慶次利益と懇意の仲だったと言う説もあります。93歳という天寿を全うしましたが病気がちで苦悩も多い人生だったようにも思います。

歴史家・磯田道史さんは「生きた信之の方が苦悩が多い人生だった」とも言っていたのが印象的でした。しかし、真田丸を語る上で真田信之は欠かせない人物と言えるでしょう。

実際に私は大河ドラマを見るには真田丸が久しぶりだったのですが、大変、楽しめました。次の女城主直虎は見るかは決めていませんが、期待したいと思います。
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